小我について考える
いま考えている小我
他者から悪く言われたくない、
面倒だからなるべく他者と関わりたくない、
絶対に失敗したくないなどの強迫観念から、
全てを自分ひとりで処理しようとする完璧主義者。
行動が短絡的になる小我の持ち主。
自分が置かれている環境や、
そこに関わっている人たち、
そしてその取り巻く人たちへの
感謝や想像力が足りない人。
自己承認欲求からか、
過剰に褒めてもらえないと頑張れないという
自己憐憫・責任転嫁・依存心の持ち主。
いつしか愛の電池が枯渇して、
心の余裕が無くなってしまい、
感性が麻痺状態になって
誤作動を起こしてしまう人など・・・。
上記のような人は、多少なりとも
コミュニケーション不全なため、
何の根拠もなく、何の検証もしていないのに、
ごく小さなコミュニティやネットの中から
仕入れた情報などを頼りに、
みんなも同じ意識だからと妄信し、
自分の意見は正しいと思い込む。
通常、他者とのコミュニケーションがあるからこそ、
時には耳が痛いことも見聞きし、
自分に足りないものや、長所などを把握する。
ところが、自分にとって都合のいい人としか
関わっていないためか、
いつまで経っても、自分という人間が理解できない。
そして、躓くたびに自己憐憫に陥る。
仮に他者が1%の愛を振り撒いてくれたとて、
それを愛とは気づかずに、
単に耳障りな言葉として拒絶する。
大我か小我か
やはり何事も表裏一体だと感じます。
精査して理不尽なことならともかく、
他者からのメッセージ一つ取っても、
極端な話し、驚くほど違いが出るものです。
私が見聞きした例としては、下記の通り。
他者から叱られた⇒ムカつく⇒あんな奴死ねばいいのに。
↓↓
貴重なアドバイスと捉える⇒感謝⇒恩返し・恩送り
今後の自身の成長の糧にするのか、
それとも負のカルマを背負うのかは全て自分次第。
なるほど、因果の法則・運命の法則ですね。
小我には小我が返るのみ。
愛がわからないのでしょうか。。
調和
そして自律していることが大切なのですが、
だからと言って、
自分自身の「完璧にやり遂げたい」との願いを
必要以上に周りに押し付けるのは間違い。
なぜなら、そこには「調和」がありません。
単に自分自身の目標とするならばいいのですが、
行き過ぎるとバランスを崩してしまいます。
相手あっての自分です。
「私ってこんな性格だから、
こういう行動しかできないの!ごめんね!!」
たまにこんなことを話す人を見掛けますが、
よくよく考えると、
これって人の意見に耳を貸さない頑固者。
自分の考えをただ相手に受け入れてもらおう、
自分の意見に賛同しない者は
権威などを振りかざして黙らせよう、
排除しようというただのわがまま、
小我な人に過ぎません。
いま思い浮かぶことたま
不幸の元となる躓きの三大要素以外にも、
月の学びを考える機会が多くあります。
そして「相手を変える前に、まず自分が変わること。」
「小我よりも大我の道を。」
「迷ったら戻れるところまで戻ること。原点回帰。」
「人は皆、未熟者。完璧な人は一人もいない。
でも、だからと言ってそれをひけらかすのは下品。」
こんな言葉が浮かんでは消えていきます。。
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